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東京地方裁判所 平成12年(ワ)6796号 判決 2000年12月22日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 秋廣道郎

同 山本健一

被告 Y1

被告 Y2

被告 Y3

右3名訴訟代理人弁護士 安部隆

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して、金1,896万5,000円及びこれに対する平成2年7月10日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、訴外山一證券株式会社自由が丘支店(以下、訴外山一證券株式会社を「山一證券」、訴外山一證券株式会社自由が丘支店を「山一證券自由が丘支店」という)との間で、株式の信用取引を行っていた原告が、同支店に営業社員として勤務していた被告らが原告の同意なく訴外A(以下「A」という)と共謀して原告を当事者とする株式の信用取引を継続し、その結果、原告が株式の信用取引の委託証拠金代用証券として預託していた株式6銘柄を右信用取引の差損金決済のため売却処分したことは、株取引の委託契約における善管注意義務に違反するとして、債務不履行を理由に損害賠償を請求している事案である。

一  前提事実(証拠等により認定した事実は、当該証拠等を末尾に掲記した)

1  原告は、現在a短期大学の教授であるところ、昭和63年6月ころは、同大学の常勤講師及びb大学非常勤講師であった。また、被告らは、山一證券自由が丘支店の営業社員であったものであり、被告Y1は昭和63年6月10日より平成元年6月9日まで、被告Y2は平成元年6月10日より同2年10月1日まで、被告Y3は平成2年10月2日より同3年6月10日まで、それぞれ、同支店の営業社員として勤務していたものである。(弁論の全趣旨)

2  原告は、昭和63年6月20日ころ、山一證券自由が丘支店に顧客登録、保護預かり口座を開設し、同支店を通じて株式の現物取引を始め、同年7月21日からは株式の信用取引も始めた。そして、原告は、平成元年9月10日当時、日本電信電話株式会社株式4株(以下「株式①」という)、東邦レーヨン株式会社株式3000株(以下「株式②」という)、東芝電気株式会社5000株(以下「株式③」という)、青木建設株式会社3000株(以下「株式④」という)、大成建設株式会社株式2000株(以下「株式⑤」という)の各株式を、また、同月20日当時、西松建設株式会社株式2000株(以下「株式⑥」という)を、山一證券自由が丘支店に、株式の信用取引の委託証拠金代用証券として預託していた。(<証拠省略>)

3  原告は、平成5年4月13日、山一證券株式会社を被告として、東京地方裁判所に、損害賠償請求訴訟を提起した(同裁判所平成5年(ワ)第6738号、以下「前訴」という)。原告は、前訴において、請求原因として、次のような主張をした(なお、その詳細は、第三の争点に対する判断のなかで判示する)。すなわち、原告は、昭和63年8月ころ、山一証券の担当者であるY1に対し、今後信用取引を行わないと申し渡していたのに、Y1、次の担当者Y2、その次の担当者Y3は、Aと共謀の上原告の同意がない信用取引を繰り返し、右信用取引の差損金を決済するため、株式①ないし⑥を売却処分した。このため、原告は、右6銘柄の処分時の時価相当額1,896万5,000円の損害を被ったとして、前記Y1、Y2、Y3の使用者であった山一證券に対し、右損害額及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。原告は、その後、平成9年5月19日付最終準備書面で、請求の趣旨を変更し、株式①ないし⑥の売却処分は原告に無断でなされたことを理由に、右各株式の引渡を求めた。これに対し、前訴第一審裁判所は、平成9年12月10日、株式①ないし⑥の売却処分は原告の委任に基づくものであると認定し、原告の請求を棄却した。(<証拠省略>)

4  原告は、前訴の第一審判決を不服として東京高等裁判所に控訴したが、同裁判所は原告(控訴人)の控訴を棄却するとともに、控訴審で追加した予備的請求も棄却した(同裁判所平成9年(ネ)第5852号、なお、その詳細は、第三の争点に対する判断のなかで判示する)。原告は、右控訴審判決を不服として、最高裁判所に上告受理の申立をしたが、同裁判所は、平成11年3月9日、上告審として受理しない旨の決定をし、原告の前訴での敗訴が確定した。(乙6、7)

5  原告は、今度は、被用者である被告Y1、同Y2、同Y3を被告として、事案の概要の冒頭に記載したとおり、被告らの株式①ないし⑥の売却は善管注意義務に違反するとして、債務不履行を理由に損害賠償訴訟を提起した(以下「本訴」という)。これに対し、被告らは、本訴は、前訴の蒸し返しに過ぎず、訴訟関係における信義則に反し許されないとして争っている(弁論の全趣旨)。

二  争点

本訴は、前訴の蒸し返しに過ぎず、訴訟関係における信義則に反し許されないか。

(被告らの主張)

前提事実のとおり、前訴では被告Y1、同Y2、同Y3の株式①ないし⑥の売却が原告に無断でされたか、その結果右3名の行為は違法かということが審理、判断されたのであり、本訴は、確かに当事者は異なっているものの、被告Y1、同Y2、同Y3の株式①ないし⑥の売却処分が原告に無断で行われたか否かを問題にするものであり、その意味で、本訴は前訴の蒸し返しであり、このような訴えは信義則に反し許されない。

(原告の反論)

本訴は、営業担当者を被告としており、前訴とは明らかに当事者が異なり、かつ、その請求原因も債務不履行責任を原因とするものであり、訴訟物も異なる。さらに、前訴では、面接照合の違法性の判断について遺脱があるなど「判決に影響を及ぼすべき重要な事項について」判断の遺脱があり、実質的には、再審の事由に該当する場合である。しかし、前訴の被告である山一證券は、平成10年3月2日に破産宣告を受け、同社に対する訴訟を提起することは実質的には意味のない特殊な事情にある。したがって、本訴を提起することは何ら信義則に反するものではない。

第三争点に対する判断

一  前訴の内容と審理の経過

1  前訴の第一審

前提事実に<証拠省略>及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると、前訴の第一審での請求内容及び審理の経過は次のとおりであったと認められる。

(一) 原告は、平成5年4月13日、山一證券株式会社を被告として、東京地方裁判所に前訴を提起した。原告は、前訴において、請求の原因として、原告の姉Aと山一證券自由が丘支店の営業社員であったY1、Y2、Y3は、原告に無断で信用取引を繰り返し、その結果、右信用取引の差損金を決済するため株式①ないし⑥を売却処分し、右処分により1,896万5,000円の損害を被ったとして、Y1ら3名の使用者であった山一證券に対し、損害賠償請求をした。

(二) 前訴では、山一證券の担当者であるY1、Y2、Y3が原告の姉Aの了解の下にした取引の結果が原告に帰属するのか、より具体的には、Aは原告から代理権を授与されて取引を行っていたのか否かが争点とされた。

(三) 前訴の第一審裁判所は、平成7年3月20日、同年6月5日、同年9月25日、同年12月11日の4回にわたり原告本人尋問を実施し、同8年3月4日、同年5月13日にはY1の、同年8月26日にはY2の、同年10月28日にはY3の、同9年1月13日、同年2月24日にはAの各証人調べを実施した。

(四) 山一證券は、証拠調終了後に、平成9年4月14日付最終準備書面を提出した。原告は、平成9年5月19日付最終準備書面で、請求の趣旨及び原因を変更し、主位的請求として株式①ないし⑥の売却処分は原告に無断でなされたことを理由として株式①ないし⑥の引渡しを求め、予備的請求として山一證券の担当者ら(Y1、Y2、Y3)が善管注意義務に違反した等を理由として右6銘柄の株式の最終処分時である平成3年3月26日の翌日の時価を基礎として金2,011万9,456円の損害賠償を求めた。これに対し、前訴第一審裁判所は、原告の請求の趣旨の変更について、無断売買の場合は損害賠償は出来ないとの立場から、主位的請求だけを審理の対象とすることとしたいとの釈明を行い、原告はこれに同意した。

(五) 前訴第一審裁判所は、平成9年12月10日、株式①ないし⑥の売却処分は原告の委任に基づくもの、換言すれば、原告がAに右取引の代理権を授与していたとの事実を認定し、原告の請求を棄却した。

2  前訴の控訴審

前提事実に<証拠省略>及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると、前訴の控訴審での請求内容及び審理の経過は次のとおりであったと認められる。

(一) 原告は、前訴の第一審判決を不服として、東京高等裁判所に控訴を提起した。原告は、控訴審において、従前からの請求に加え、予備的請求として、次のような不法行為に基づく損害賠償請求を追加した。すなわち、山一證券における原告名義の株式の信用取引は、別紙信用取引一覧表に記載のとおりであり、このうち、原告の意思に基づいて行われたものは同一覧表に◎を付したものだけであり、その余の取引は、山一證券の担当者であるY1、Y2、Y3が、株式の取引の経験のないAに対し「絶対に損をさせない」、「必ず儲かる」等の断定的な判断を述べた上、銘柄、数量等を一方的に決めて売買させた。しかも、山一證券の担当者は、原告の意思を確認せずに、危険性の高い信用取引を頻繁に行わせたものであり、これらの取引は過当売買に相当し、これらの取引を勧めた山一證券の担当者の行為は違法であり、原告は、この違法な行為により、委託証拠金代用証券として山一證券に預託していた株式①ないし⑥の時価相当額1,896万5,000円の損害を受けた。よって、山一證券はY1、Y2、Y3の使用者として、原告に対し、損害を賠償する義務を負っている。

(二) 前訴控訴審裁判所は、平成10年9月24日、原告の主位的請求を斥けて本件控訴を棄却し、併せて、控訴審で追加した予備的請求を棄却するとの判決を言渡した。前訴控訴審判決の要旨は次のとおりである。

(1) 主位的請求について

①原告は、山一證券の担当者から毎日Aに株式の取引に関して電話がかかってきたことを知っていたこと、②ときには、原告自ら山一證券の担当者と電話で話していること、③売買報告書(取引の都度)及び預り証券・預り金一覧(毎月一回)が原告方に郵送されており、原告においてAが山一證券において株式の取引をしていることに全く気付かなかったとは考えられないこと、④Aは、原告に見つからないように、売買報告書及び預り証券・預り金一覧が自宅に郵送される日時を見計らって郵便受けの近くで郵便物が配達されるのを待ち受けていた旨供述するものの、それ自体不自然の感を免れないこと、及び、昭和63年8月から平成3年6月まで3年近くの間、一度も原告に見つからなかったのに、山一證券からの最終の通知である預り金はない旨の郵便物だけは、その日のうちに原告本人が手にしていることから、右供述は納得しがたいこと、⑤原告が本件につきAと口論をし、同人を叱責した形跡がないことなどを判示し、これらの事実に基づけば、原告はAに山一證券を通じての株式の信用取引の代理権を与えていたと認められるとして、原告の主位的請求を棄却した。

(2) 予備的請求について

Aの陳述書には、山一證券担当者が断定的な判断を述べ、銘柄、数量等を一方的に決めて売買をさせたものである旨の記載があるものの、Aは、その証言においては、山一證券担当者の勧めに応じて原告に無断で取引をした旨述べるにとどまり、山一證券担当者から「必ず儲かる」といった断定的な判断を示されたとは述べておらず、また、山一證券担当者から勧められても、取引を断ったこともあることに照らすと、前記Aの陳述書は採用できず、他に予備的請求を認めるに足りる証拠はないとして、原告の予備的請求も棄却した。

3  前訴の上告審

前提事実4によれば、原告は、前訴控訴審判決を不服として最高裁判所に上告受理の申立をしたが、同裁判所は、平成11年3月9日、上告審として受理しない旨の決定をし、原告の前訴での敗訴が確定した。

二  本訴の内容

原告が本訴で提出している訴状、2通の準備書面によれば、本訴の内容は、「第二 事案の概要」の冒頭に摘示したとおりである。これをもう少し詳しく述べると次のとおりである。

1  被告らの善管注意義務の存在

原告は、昭和63年7月21日、被告Y1の強い勧めにより、山一證券との間で、信用取引口座設定の契約を締結し、株式の信用取引を行うようになった。右契約の結果、山一證券の営業社員である被告Y1及びこれを引き継いだ同Y2、同Y3は、原告に対し、証券取引法及びこれに基づく関係諸法令並びに規則等を遵守し、善良なる管理者の注意をもって、原告に対する株式売買の仲介、株式の銘柄の推奨、株式の保管、管理等をするべき義務を負った。

2  被告らの善管注意義務違反

原告は、右のとおり山一證券と信用取引を始めたが、昭和63年8月中旬ころ、その信用取引の成績が思わしくなかったことから、信用取引に消極的になった。被告Y1は、これをきっかけとして、原告がその姉Aと同居し、銀行等への入出金等を同人に依頼し、株式の売買等に伴う金員の入出金等をAに依頼していたことを奇貨として、Aに対し信用取引を勧め、その後別紙一覧表のとおり(但し◎印以外の取引)、Aが原告の同意を得ず、原告の計算で株取引を行っていたことを知りながら、頻繁に信用取引を継続させた。

被告Y1は、平成元年6月10日ころ、山一證券自由が丘支店の営業担当を被告Y2に引き継いだが、その引き継ぎに当たって、Aを窓口としている一連の株取引が原告の明確な同意を得ていない取引である旨を告知し、今後も原告に知られないように指示したものである。そして、被告Y2は、引き続き、原告の明確な同意を得ないまま、Aを窓口として別紙一覧表のとおり(◎印以外の取引)、株取引を継続したものである。

被告Y2は、平成2年10月2日ころ、山一證券自由が丘支店の営業担当を被告Y3に引き継いだが、その際も、Aを窓口としている一連の取引が原告の明確な同意を得ていない取引である旨を告知し、原告に知られないように指示し、引き続き株取引を継続したものである。

3  株式①ないし⑥の売却

山一證券の担当者であった、被告Y2、同Y3は、原告の同意を得ないで、Aと共謀して、株式①ないし⑥の株式を売却した。

4  被告らの行為は、原告の同意なく、株式の信用取引を継続し、その結果発生した差損金の決済のために原告の株式①ないし⑥を売却処分したというものであるから、当該担当者である被告らは、前記善管注意義務に違反しており、原告に対する債務不履行責任を負うものである。原告は、株式①ないし⑥を、全て被告らの無断売買により失ったことにより、その処分時の各株式の価格相当額である合計1,896万5,000円の損害を被った。

三  本訴が前訴に照らし信義則に反し許されない場合の基準について

訴えの場においても信義則が適用されることは論を待たない。問題はどのような場合に適用されるかである。前後2つの訴訟で当事者及び訴訟物は異なるとしても、原告が得ようとしている目的が社会的・経済的意味において実質的に同一であり、またその根拠として主張されている事実関係も同一で、後訴における重要な争点が前訴においても重要な争点となっており、右争点につき前訴で当事者の主張立証があり、裁判所も判断しており、原告が前訴において後訴と同一の請求をすることに何らの支障もなかったといえる場合には、このような後訴は信義則に反し許されないものと解するのが相当である。なぜなら、このような場合にまで後訴を許せば、後訴で被告とされた者の地位を不当に長く不安定な状態におくこととなり、また、紛争の実質蒸し返しを許す結果となり相当ではなく、このような訴えには、信義則上、訴えの正当な利益がないと解されるからである。

四  これを本件についてみるに、前記一、二での認定事実を対比してみると、(一)前訴と本訴は、被告を異にし、訴訟物も形式上は一応異にするとはいうものの、原告が得ようとしている目的は、前訴・本訴を通じて、株式の信用取引による差損金の決済によって失った預託していた委託証拠金代用証券6銘柄(本件株式①ないし⑥)の損失の填補であって、社会的・経済的意味において同一であること、(二)前訴・本訴を通じて本件被告らの行為の違法性、換言すればAと被告らとの間での株式①ないし⑥の売却処分が原告に無断でなされたものか否かが争点となっており、請求の基礎となっている事実関係も同一であること、(三)右争点について、前訴では十分主張・立証が尽くされ、裁判所も右争点につき十分な実質的判断をしていること、(四)原告が、前訴の段階で、本訴被告らに対し、本訴と同じ請求をするについて、何らの支障もなかったこと、(五)本訴被告らは、前訴において証人として行動しており、本訴被告らとしては、前訴で原告の敗訴判決が確定したことにより、本訴請求をも含めて紛争に決着がついたと信頼するについて合理的な理由があり、本訴を許せば、本訴被告らの地位を不当に長く不安定な状態におくことになることがそれぞれ認められる。そうだとすると、本訴の提起は、信義則に反し許されないと解するのが相当であり、右判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

五  なお、付言するに、原告は、前訴判決には、面接照合の違法性について判断遺脱があるなどと主張するが、前訴の第一審、控訴審判決にはそのような遺脱は見当たらず(乙3、6)、そもそもそのような「判決に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断の遺脱」がある(民訴法338条9号)というのなら、前訴の被告である山一證券を相手に再審請求を提起するのが筋であり、同社が破産宣告を受けていることをもって、本訴を正当化することは困難である。すなわち、原告の主張するような事情をもって、本訴の訴えが信義則に反するという前記判断を覆すに足りるものということはできない。

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求は、信義則に照らし、訴えの正当な利益を有していないものと解するのが相当であり、却下を免れない。

(裁判官 難波孝一)

<以下省略>

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